Sunday, November 05, 2006

傷口に塩

ある映画の内容ですが、辛いことが重なり、とうとう自殺に至りました。
人生最高の悲しみは何でしょう?
自分の死でしょうか?
違います。死んだことがないので、たぶんがつきますが、自分の死は良くわからないうちに訪れますので、悲しむ余裕もないでしょう。
自分のいのちより大切なものがあります。
考えられる中で、最もあってはならないこと。
我が子を亡くすことでしょう。
もう想像だけで、涙がにじみます。とても生きてられない。

順調にいけば、親が先に亡くなります。
順調といってもたまらない悲しみです。特に若ければ若いほど。
そして避けて通れない体験です。
自殺した人の家族はどんな大きな悲しみでしょうか。
人生最大の悲しみを、みんなで泣くことで、遺族に少しでも慰めがあり、立ち直っていくのを支える「葬儀」。伝統の知恵が産みだしました。
村八分も火事と葬式は協力します。

ところが、悲しみを慰めるどころか、傷口に塩をすり込むような事が行われています。
映画では、真面目で優しいそうな牧師が、規則に忠実に言います。
「自殺者の葬儀などはできません」
優しい顔立ちから村八分より冷たいことばが出てきます。そのギャップが、余計残酷さを、感じさせます。

人として生まれて最も悲しい時に、教会は役にたたないばかりか、傷口を広げている。
まだまだ多くの日本の教会も、同様でしょう。
9月のブログでも嘆いたように、葬式依頼の想定すらしていない。
当然、一般の方々は、教会で葬儀などと、考えたこともない。

ベテラン牧師、教会員にとって、この仕打ちは当然という考えです。
非信者を断ることにより、教会は尊敬され、尊厳を守ると考えているようです。
北野武さんが「暴力団と宗教団体は内部地位が上がるほど、内部で尊敬され、一般から離れていく」

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